ショウコです。

えくぼに指をつっこみたい。音楽と絵と言語と教育、大学生です。

10

10月ももう終わりだ!

 

インスタに「Bye October Hello November」と書くやつには一生なりたくない。

まあそれはどうでもよくて、でも最近本当に時間が経つのが早い。

クリスマスはやく来てほしいな〜〜!

 

久しぶりの投稿なのにこんなにちゃらんぽらんでいいのかな、な!

とりあえず本を読む。秋だし。

 

それでは。

 

だるい!ねむい!目が回る!

頑張ってるつもりはないのに、余裕がなかったらしくて、半年に一回風邪をひく癖が治っていなかったのか、風邪をひきました。

つら~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!

 

今日はこの辺で。

それでは。

フライング拍手取締係

 

最近、自分の中でフライング拍手問題が話題だ。発表用のレジュメを作成すべくパソコンを開いているが、結局はこっちに走ってしまうのだ、、ちゃんとやります。

 

フライング拍手とは

フライング拍手とは、クラシック音楽のコンサートにおいて、拍手すべきではないタイミングで、一人またはそこまで多くない複数人が、一回または複数回程度の拍手をする現象のことである。主に、交響曲の楽章間、ゲネラルパウゼ、残響が残っているのにもかかわらずそれを無視した場合、指揮者が棒をおろしていないのに曲が終わったと勘違いした場合などが挙げられる。奏者側、客席側の双方にストレスが加わるため、できるだけフライング拍手は避けたい。

 

フライング拍手の原因

①曲の予習不足

ある程度時間がたって、全部の楽器がなんかいい感じの和音を鳴らしたらそれが曲の終わりだろ?と勝手に解釈する人は少なくない。

例 ブラームス「大学祝典序曲」

あと重音2発と一小節分のフェルマータ伸ばしがあるにもかかわらず、拍手した人を前回の定期演奏会で目撃(耳撃)した。確かに、大祝の終わりから3小節目の3拍目で、一回すべての楽器が鳴り止むのは間違いない。だが、まだ曲は終わっていないのだ。いや、その残りの2小節で「ああ、長かったこの曲も終わろうとしているのだ~!」という気持ちになるのに、それなのに、まだ終わりの気分ではないのに、そこで叩くんか~~~~~~~~~~~~~~~~い!?

 

②感情移入した

良い曲すぎて、名演すぎて、感極まった、気持ちが高ぶった、泣きそうになった、その気持ちを表現すべく拍手したくなる気持ちもわかる。いや、わかる。フィリピンでは何度も曲中拍手を経験したし、フィリピンでなくても、例えばバレエの公演だったら、演者さんが片足でめちゃくちゃ自転するやつとか、何周もぐるぐる公転するやつ(あいにく、私はバレエには超疎い)をしていたらお客さんも自然と拍手を始める。吹奏楽のコンサートだって、ソリストがソロ終えたらみんな拍手するし。だが、申し訳ない、クラシック音楽のコンサートでは、いくら楽章間の数秒だって、大事な時間なのだ。交響曲は、1楽章から終楽章まで、すべてを通してやっと一曲終わるのだ。小説だって、何章かに分かれていて、すべてを読み終わってやっとストーリーの全貌を知れるだろ?マンガだって、ドラマだって、アニメだって、1話完結型ではない限り、最後まで見てやっと理解するだろ?それと一緒です。「いやあ~このドラマ、良かった!(まだ3話目)」とはならないだろ!どうする次回がクソゴミだったら!!

例 チャイコフスキー交響曲第6番」

有名すぎて語るものはありません。

 

③寝て起きたら静かだったので拍手した

クソ。

 

奏者側からのフライング拍手

客側からのコメントは多く見るので割愛します。

 

①楽章間拍手、クソ

ピリピリ系の曲でこれをやられると死にたくなる。残響を聞け!

特に、楽章間がアタッカの場合、少しでも拍手が入ると次の出だしで戸惑ってしまうし、やめてほしい。集中力が途切れる。

 

②拍手を引き起こすくらいの名演を私たちはしたのか?やったぜ!

私は楽章間がアタッカではない場合、フライング拍手にはめちゃくちゃ寛容だ。自然と拍手が出ちゃうくらい、良い演奏をしたのかな、とも思うし、それがパチン!じゃなくて、複数人が複数回、パラパラ、、ってくらいの拍手だったらなおさら許せる。

例 のだめカンタービレ 孫ルイのボレロピアノ協奏曲

何巻かは忘れたが、1楽章の終わり方も相まって、客席がワア、、!っとなるけどルイとオケとマエストロが「Non~」って顔で客席を見て諭す、というシーンがある。でもルイはそれを好意的に受け取って、「今日のお客さん、好き!」となるのだ。

これを見てからというものも、私もルイみたいに余裕をもって客席に向かって「Non~」という顔をしてみたい、と思っている。

 

③曲中拍手は論外、クソ

これはマジで、クソ中のクソである。辞めておけ。レッドカード。

 

フライング拍手の回避方法

①これを読め

https://www.amazon.co.jp/%E6%8B%8D%E6%89%8B%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E2%80%95%E7%A7%98%E4%BC%9D%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E9%91%91%E8%B3%9E%E8%A1%93-%E8%8C%82%E6%9C%A8-%E5%A4%A7%E8%BC%94/dp/4120039250

 

以上です。

 

それでは。

冬の味覚

 

三大欲求の中で順位をつけるとしたらやっぱり食欲が一番だ。

 

睡眠もそこそこ、いや、かなり、いや、とっても好きだけど、ここで寝たくない!って時にやってくるのが許せない。でも布団は世界一好きな場所だから、なあ。

 

 

ごはんは、味覚だけで感じるものではない、五感すべてを使って感じ、そして時には過去を思い出したり、舌の上にのっているそれにたどり着くまでの長い道のりに思いを馳せ、ゆっくり噛みしめ、胸に手を当て、目を開き、鼻から空気を大きく吸って「おいしい~~~~~~~~~~~~~~!」とありったけの表情筋を使ってため息を吐くまでが、正しいごはんの味わい方である。そのあとはちゃんとお冷を飲んで、白米とお漬物を食べ、おみおつけを飲み、ほっこりしたところでちゃんとメインディッシュと対話するのだ。

手ごわい相手もいるが、たいていの場合、お店の場合は、数ある品目の中から自分が選びに選び抜いたもの、お家の場合は、数あるレシピの中から自らの気分とやる気と予算に見合ったものなので、手ごわいよりはむしろ、自分自身を包み込み、あたたかい気持ちにさせてくれるものがほとんどである。なにせ、空腹だと(私の場合四六時中空腹だが)それがチンしたご飯で作ったお茶漬けでも、こがしすぎたトーストであっても、沸騰するちょっと手前のお湯で淹れたティーバッグの紅茶でも、なんでもおいしく感じ、サッカー日本代表の国歌斉唱の時のポーズを取り、その幸せを精一杯噛みしめたくなる衝動にかられるのだ。

 

あたたかいものは、好きだ。あたたかいご飯がなんだかんだ一番美味しいし、冬になると家のストーブの前で体育座りをして、動かない。冬は好きだ。人があたたかくなる。一人が嫌になる。鍋は美味しいし、ラーメンもおいしい。汗だくで食べる釜揚げうどんも好きだけど、手首より長いセーターを腕まくりしてこたつで食べるキムチ鍋の〆のラーメンほどおいしいものはない。夏に飲むアイスコーヒーより、暖かい店内で飲む冬のアイスコーヒーの方がおいしい。飲んだ後に外に出て、失敗した、ホットを頼むべきだった、と後悔するまでが醍醐味だ。

 

 

それでは。

報告

 

演奏会が終わりました。楽しかったな、詳しくは私のツイッターFacebookを見てください、といっても後者は友達しか見れないけど。しつこくなっちゃうのは嫌なのでここでは多くは語りません。でも、ひたすらに夢中になれたし、音楽をやってきて本当に良かったと思えました。毎演奏会後そう思うけど、私にとって音楽は、オーケストラは、バイオリンは、無くてはならないものです。もしあと1年で寿命ですと言われても、もし近しい人が離れていっても、もし死にたくなっても、生きねばと思っても、周りの環境がどうであれ私はずっと何かしらの形で音楽を続けていきたいです。バイオリンを始めてもう17年くらい経つのかな、家族の次くらいに長い付き合いです。年相応の技術はないけれど、バイオリンは何よりも大好きです。

勝手に震えてろ

 

久しぶりにオーケストラについて書いてみようと思う。

 

オケってなんて魅力的なんだ!って思うけど、そう思わない人も何人もいるだろうし、逆にそう思う人もいる。私は後者だけど、その感情が最近当たり前になってきてしまって、身震いするような演奏が最近できなくなってしまった。てか今は身震いするしないの問題以前に、自分が弾けてなかったり、アンサンブルが上手くいかなかったりしていて、(バスケに例えると自分のシュート率が低かったり、パスが相手にカットされまくりだったり、って感じ)それどころではない。

 

身震いする演奏ってどんな感じなんだろうか。

 

中高のころはよくあった。

一番覚えているのは中3のころにやった千と千尋メドレーかなあ。弦楽合奏で、ピアノ付きで、和音が本当に素敵でセカンドバイオリンもちゃんと美味しいメロディもらってて。それぞれのパートがほとんどdivでめちゃくちゃ濃厚な音だった。この曲の威力はものすごくて、それの初合奏ではみんなも弾けていないのに、ひとしきり感動した。なんて素敵な曲なんだ!

 

次はチャイコフスキーの弦楽セレナーデの1楽章で、この曲はとりくむのに死ぬほど苦労したし(当時は半飛ばしができなかった)とりあえずアンサンブルが死ぬほど難しかった。チェロ、あれ弾かせる気ないでしょ?でも最終的に弦5部が全部合わさった時は腕全体に鳥肌が立ったし、あれ以上良い演奏はこの世にはない、と信じ込むくらいには最高の定演ができた気がする。

 

最近だと、ヴォーン・ウィリアムズの幻想クインテットの1楽章を合わせた時、これまた5人の和音がぴったり合わさった時があって、その時もまた腕に鳥肌が立った。あいにくそれは練習で、本番は緊張してしまって自分の納得がいく演奏はできたとは言えなかったけど、でもあの時の練習は今でもちょっと忘れられない。

 

でもやっぱり、一番身震いしたのは、もうこれは人生であと5億回は言うが、フィリピンで演奏したニューヨークからの4つの絵、きらきら星、悪魔の踊り、スペイン奇想曲だ。他にもいっぱい曲を弾いて、それも全部好きだった。これは本当に譲れない。学校公演でも、リサールパークでの一般向け公演でも、曲中に歓声が湧いたり、拍手をしてくれたり、聴衆と奏者が音楽で一つになった感覚を味わうことができた。何度も身震いをした。フィリピンの空気、フィリピンの笑顔、フィリピンの熱気、フィリピンの輝き、あれは全部忘れられないし、その時は心の底から音楽が好きだと思えた。

 

常に身震いを求めている。間違いない。あとは自分の努力じゃん?

 

 

なんだかんだ宣伝はしますよ。

久しぶりに、定演で震えたいなあ。

 

それでは。

暗いなあ

 

ヨーロッパに帰りたい!

 

 

、、なんて書くと、アーなんだこのイキリ外大生は、と思われるかもしれないが、実際私はヨーロッパで育った。

 

小2から小5の間、、、、私たちの世代にとっては全盛期、花男も嵐ものだめもAKBも全部この時期にやってたし、一番楽しい時期だったことだろう。普通に日本にいれば。

ちょうどその時私は半年遅れで放送される笑点と朝ドラと大河ドラマ(なので、11月ごろに歌丸さんが「さて今日は子どもの日ですが」なんて言うのだ)を見るしか術がなく、読むマンガといえばタンタンの冒険かガーフィールド、読む本はJacqueline Wilsonかマジックツリーハウスで、本当によくわからない生活を送っていた。

 

その時のバイタリティは半端じゃなかった気がする。

水道水がその日その日で色が違くても、お米がちょっと黄ばんでいても、半年に一回しか日本からお菓子を輸入できなくても、5月に雪が降ろうとも、マンホールのふたが外れて水があふれている道が通学路でも、スクールバスに間に合わなくて階段を駆け下りていたら捻って足首を折っても、そのスクールバスに蜂が入ってきても、年に1回しか帰国できなくても、初めの3か月は友達がいなくて言語が話せなくても、なんとか生きて帰ってこれた。

カレーパンも肉まんもあんまんも無いからみんなで手作りして、たこ焼きにかけるおたふくソースの量が多すぎて(ソースはなかなか手に入らない)喧嘩して、日本のお菓子を食べる順番を考えて(カールは数少ないので最後の方に取っておく)、なんだか大変だったなあ。

 

小学校も、6年間のうち半分はあっちにいたわけだし、考え方とか、私の根底にあるものはそこで形成されたのではないか。

小3くらいでアメリカの人種差別について勉強したり、小4のクラスで学級委員を決めるときは必ず立候補制で自ら「私に一票を!」というビラをつくって教室の壁に貼っていた。クラス劇では化学物質とか火山になりきって歌を歌った。算数の授業では、早く解き終わったら図書館に行って良かったし、生徒で話し合えばクラス単位(10人くらいだった)の遠足も可能だった。なんだかとっても自由だった。自分は、かなりの変人というわけではないが、ちょっと人と違うなと思うことがたまにある。それの原因はこのヨーロッパ生活だったのではないか、、と今になって思うのであった。

 

それでは。